2021年 俵論文賞、澤村論文賞、ギマラエス賞 受賞決定のお知らせ
俵論文賞、澤村論文賞、ギマラエス賞について
2020年の「鉄と鋼」、「ISIJ International」に掲載された論文を対象に選考し、2021年論文賞の受賞者が決定いたしました。
卓越論文賞について
「鉄と鋼」または「ISIJ International」に掲載された論文のうち、原則として前10±1カ年にわたって学術上、技術上最も有益で影響力のある論文の著者に授与されます。2019年に新設されました。
俵論文賞(4件)
鉄-炭素系マルテンサイトにおける準安定炭化物の生成過程の熱力学的検討
鉄と鋼, Vol.106, No.6, pp.342-351
榎木勝徳(東北大), 大澤洋平, 大谷博司(東北大)
マルテンサイトの焼戻初期段階では炭素原子がクラスターを形成することは知られているが、炭素原子のクラスタリングと準安定炭化物生成の関連性については明確にされていなかった。本論文は、鉄―炭素二元系体心正方晶(BCT)マルテンサイトの低温焼戻過程で形成されるη炭化物を対象として、その形成過程を最新の熱力学的な解析で明らかにしたものである。まず、BCTマルテンサイトの自由エネルギーを第一原理計算とクラスター展開・変分法を用いて計算し、自由エネルギー曲線にはBCT-Fe2C規則構造の形成に伴う二相分離が存在し、これにより炭素のクラスタリングが促進される可能性があることを見出した。さらにBCT-Fe2C規則構造がη炭化物と結晶学的な共通点の多い類似した構造であることを明らかにしたうえで、BCT-Fe2C規則構造からη炭化物への遷移に伴う鉄原子および炭素原子の移動に要するエネルギー障壁をGeneralized Solid-State Nudged Elastic Band (G-SSNEB)法で評価し、BCT-Fe2C規則構造を介してη炭化物が生成する可能性を見出した点も高く評価できる。本論文で提案された熱力学的解析手法や考察は他の炭化物や窒化物などについても適用可能であり、炭化物や窒化物の生成過程の解明に資することが期待できる。
以上、本論文はBCTマルテンサイトの低温焼戻過程における準安定炭化物の生成現象について、学術的および工学的にも重要な知見を得ており、俵論文賞にふさわしいと判断できる。
多結晶フェライト鋼の静的ひずみ時効発現機構
鉄と鋼, Vol.106, No.6, pp.391-401
小野義彦, 船川義正, 奥田金晴, 瀬戸一洋(JFEスチール), 井上耕治, 永井康介(東北大)
ひずみ時効硬化は、自動車のドア等の外殻部材を強化し、車体の軽量化を図る手段として利用される重要な冶金現象である。これまで、多結晶鋼のひずみ時効現象の主因は侵入型固溶元素C,Nのコットレル固着やクラスタリング・析出であると考えられてきた。しかしながら、これらのモデルでは実際のひずみ時効現象を十分に説明することができなかった。本論文では、静的ひずみ時効の発現機構を微量の固溶Cを含み結晶粒径を変化させた鋼板にて改めて検証した。C原子の転位部分への偏析量は従来の偏析モデルとよく一致したものの、時効初期における硬化の速度指数は従来モデルに比べ2/3以下となった。この乖離は、従来の偏析モデルにフリーデル限界,ラバッシュ限界の各強化モデルを適用することにより説明できた。また、90MPaに達する顕著な二次硬化は粒界強度の上昇に由来するものの、従来提案されたCの析出や粒界偏析には起因していないことを明らかにした。この挙動に対する可能性のある機構として、塑性変形を受けた粒界がFe原子の局所的な再配列により回復し粒界強度が増すという全く新たなモデルを提案した。本論文で提案されたモデルにより、多結晶鋼のひずみ時効現象をより現実的に取り扱うことができるようになるものと期待される。
以上、本論文で得られた知見は多結晶鋼材の新たな開発指針の基盤を提供する。本論文は学術,技術面で高く評価できる。
粒子の侵入・浮上挙動に及ぼす濡れ性の影響
鉄と鋼, Vol.106, No.10, pp.697-707
松澤玲洋, 笹井勝浩, 原田 寛, 沼田光裕(日本製鉄)
高温の精錬反応をCaOなどの精錬剤粉体を溶鋼に直接吹き込みもしくは吹き付けることによってさらに高効率化する技術においては、いずれも精錬剤の固体粒子が溶鋼と気相の界面に高速で侵入し、その後浮上するプロセスを辿る。本論文はこれまで上記の侵入・浮上現象に大きな影響があるとされてきた固体粒子の溶鋼に対する濡れ性について、最大侵入深さや浮上挙動を1000frames/sのハイスピードカメラを用いて可視化し、系統的に定量化することに成功している。その結果、侵入粒子の液相に対する濡れ性が悪い、つまり接触角が90度以上であると気柱の接触位置が粒子の進行方向側へ変化するため、液相の表面張力による運動エネルギーの消費が大きくなって侵入深さが浅くなり、かつ気柱破断後の残留気泡径が大きくなることによって、侵入粒子に働く浮力が増加し滞留時間が短くなることを初めて明らかにしている。また、これら得られた結果に対して、緻密な物理的解析を行い侵入・浮上現象に関するビジュアルモデルを提案しており、今後侵入・分散挙動を考慮した粉体組成および数値解析との組み合わせによる粉体吹き付け条件の最適化等、精錬技術の飛躍的な進歩に大きく寄与することが期待できる。以上のように、本論文は鉄鋼生産プロセスにおいて学術的にも技術的にも価値が高いと判断される。
電気抵抗測定法によるマルテンサイト中の固溶炭素量の評価
鉄と鋼, Vol.106, No.11, pp.835-843
増村拓朗, 谷口大河, 浦中祥平, 平嶋一誠, 土山聡宏(九州大), 丸山直紀, 白幡浩幸(日本製鉄), 植森龍治(九州大)
本論文は、マルテンサイト鋼の強化機構を議論する上で不可欠であるがその測定が難しい固溶炭素量を、簡便な手法である電気抵抗測定法により見積もる手法を確立したものである。マルテンサイト鋼中の固溶炭素量、置換型元素量、転位密度、大角粒界密度、残留オーステナイト量は電気抵抗に影響を及ぼすが、様々なモデル鋼、冷間加工などを駆使して各因子の電気抵抗への影響を精緻に分離し、固溶炭素による電気抵抗変化とアトムプローブを用いて測定した固溶炭素量の間に良好な直線関係が成立することを示した。これにより、電気抵抗測定により固溶炭素量を直接見積もることが可能となった。実際に、マルテンサイト鋼の低温焼戻しに伴う固溶炭素量の時間変化を同手法により連続的に測定し、固溶炭素量の微小な減少量を精度よく捉えることに成功しており、本手法の有用性が示されている。電気抵抗測定はアトムプローブなどに比べて、より広範囲の平均情報を得ることができ、鉄鋼材料の中でも特に複雑なマルテンサイト鋼の強化機構の議論や材料特性と固溶炭素量との関連づけが今後大幅に進展することが期待される。以上のように、本論文は学術的観点のみならず工業的応用の観点からも価値が高いと判断される。
澤村論文賞(6件)
Gas Permeability Evaluation of Granulated Slag Particles Packed Bed during Softening and Melting Stage with Fanning’s Equation
ISIJ International, Vol.60, No.7, pp. 1512-1519
大野光一郎, 喜多村佳輝(九州大), 助永壮平, 夏井俊悟(東北大), 前田敬之, 国友和也(九州大)
2050年のカーボンニュートラルを目指すためには、高炉の還元材であるコークスの大幅な削減が望まれる。一方で、高温でも変形しないコークスは、軟化融着する鉱石層の通気確保に不可欠であり、その削減には融着層の通気性の定式化が必要である。
本論文では、軟化融着した鉱石層を急速冷却で採取可能な装置、CTを用いた3次元的なガス流路の可視化といった独創的な実験と、円管内流体の圧力損失式を融着層に拡張することに依り、新規な不均一な融着層の圧力損失推定式を提示した。
Partitioning of Solute Elements and Microstructural Changes during Heat-treatment of Cold-rolled High Strength Steel with Composite Microstructure
ISIJ International, Vol.60, No. 8, pp. 1784-1795
中垣内達也, 山下孝子, 船川義正(JFEスチール), 梶原正憲(東京工業大)
自動車用高強度鋼板として多く使用されているDP鋼や低合金TRIP鋼などの冷延複合組織鋼板は、主に二相域焼鈍後の冷却過程で生じる相変態により組織を制御することで製造されている。Fe-C-X(X:置換型元素)系合金の変態挙動に対しては、これまでにもパラ平衡理論や局所平衡理論などが提唱されているが、二相域焼鈍時の置換型溶質元素の分配を考慮した解析はなされてこなかった。
本論文では、MnおよびSiが分配した二相組織中のオーステナイトからのフェライト生成を、炭素を含む溶質元素分布から二次元的に可視化することに成功し、その結果をもとにフェライト変態を局所平衡理論に基づいて合理的に説明している。特に、今まで不可能であった組織中の微小領域の炭素量変化を、新たに開発されたFE-EPMA技術を用いて捉え、鉄鋼材料の基本であるFe-C-Mn-Si合金のフェライト/オーステナイト二相域焼鈍後のフェライト変態の実験結果を理論に則り説明することに成功した点が高く評価される。
このように本論文は低炭素鋼の相変態挙動の制御における二相域焼鈍中の溶質元素の重要性を実験的、理論的に明らかにした点で学術上高い価値がある。また本論文で得られた成果は新しい鋼材開発の製造指針となることも期待される。従って本論文は学術的にも技術的にも価値が高く、澤村論文賞にふさわしい。
Viscosity of Na–Si–O–N–F Melts: Mixing Effect of Oxygen, Nitrogen, and Fluorine
ISIJ International, Vol.60, No. 12, pp. 2794-2806
助永壮平, 小川将幸(東北大), 簗場 豊(東京大), 安東真理子, 柴田浩幸(東北大)
鉄鋼製精錬プロセスにおいて、スラグやモールドフラックスなどの高温のイオン性融体は、イオン種の極性と静電相互作用に基づいて複雑な構造を生み出し、このことが融体の種々の物性に大きな影響を与える。プロセス設計やその制御の観点からは粘度などの物性は極めて重要な物性であり、その機構の理解は物性の高精度の予測や新たなスラグ設計などの観点から極めて重要である。
鉄鋼製精錬で最重要な珪酸塩融体において、酸化物イオンの一部を窒化物イオンや弗化物イオンで置換した場合の粘度の変化は、いずれの置換も粘度増加につながるとの報告と、窒化物イオンは粘度を増加させる一方で弗化物イオンは粘度を減少させるとの報告があり、アニオン種の影響が未解明であった。著者らは、単純なNa2O-SiO2融体を選択して、カチオン組成(Na/Si比)を一定としたまま、アニオン組成(O/N/F比)を変化させた場合の粘度変化を高精度に定量化し、さらに29Siおよび19FのMAS–NMR測定を通じて、アニオン組成と融体構造の関係を明らかにした。
これらを通じて、酸化物イオンから窒化物イオンあるいは弗化物イオンへの置換が粘度に相反する影響を与えると結論し、さらに、その機構を構造モデルを用いて説明した。モールドフラックスに代表される複合アニオン系融体の物性と構造の理解につながる成果であり、鉄鋼製精錬プロセスの高度化に大きく資する研究である。
Accuracy Improvement of the XRD-Rietveld Method for the Quantification of Crystalline Phases in Iron Sintered Ores through the Correction of Micro-absorption Effects
ISIJ International, Vol.60, No. 12, pp. 2851-2858
原野貴幸(日本製鉄・総合研究大学院大), 根本 侑(日鉄テクノロジー), 村尾玲子(日本製鉄),木村正雄(高エネルギー加速器研究機構・総合研究大学院大)
焼結鉱の強度や被還元性は組織と密接に関係しており、焼結鉱組織の高精度定量化法の開発が強く求められている。従来、焼結鉱組織の構成相の定量化には、光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡による画像解析が多く用いられてきた。しかし、焼結鉱には主要相として、結晶構造は異なるが化学組成や密度が似た値を持つ多成分系カルシウムフェライト相(SFCA, SFCA-I)を含んでおり、画像解析ではこれらの相の識別が困難である。
本論文では、材料の定量分析法として一般化しつつあるXRDのリートベルト解析を焼結鉱に適用した。リートベルト解析は幅広い粒径分布や複雑な結晶相を持つ試料において大きな誤差を生じるが、本論文では、このような試料においても高精度な解析が可能である補正法を提案した。また、本論文で提案した補正法をα-Fe2O3, SFCAおよびSFCA-Iからなる模擬焼結試料に適用することにより、XRDの線源としてFeの吸収係数が大きいCu Kα線を用いても、±3 mass%の精度で構成相の質量分率が算出可能であることを明らかにした。
以上のように、本論文は、XRDのリートベルト解析と提案する補正法を組み合わせることにより、焼結鉱のような複雑な結晶構造を有する様々な工業材料においても、高精度な定量分析が可能であることを理論的および実験的に検討したものであり、学術的にも工業的にも価値あるものである。
Uniform Hot Compression of Nickel-based Superalloy 720Li under Isothermal and Low Friction Conditions
ISIJ International, Vol.60, No. 12, pp. 2905-2916
堀越理子, 柳田 明(東京電機大), 柳本 潤(東京大)
析出強化型Ni基超合金では熱間加工温度によって材質が大きく変化する。そのため、材質予測には、金属組織変化と関連付けて高精度に取得された流動応力データの蓄積が求められている。本論文は、試験片の温度分布を均一化すると同時に治具と試料間の摩擦係数を低減することで試験片を恒温下で均一に熱間圧縮する手法を開発し、測定された流動応力の信頼性を詳細に検討したものである。まず、セラミック治具と試験片の間に超耐熱合金を挟むことで上下治具への抜熱を抑制するとともに、変形―温度―磁場を連成したFEM解析により試験片を均一に加熱できる誘導加熱装置の最適設計条件を見出し、恒温下での熱間圧縮を実現した。ついで、治具と試料間の摩擦については、ガラスシートを潤滑剤として用いることで摩擦係数が大幅に低減されることを確認した。その結果、恒温下で高ひずみ領域まで一定ひずみ速度で熱間圧縮変形が可能な試験法を確立し、極めて信頼性の高い流動応力を逆解析で測定することに成功した。さらに、雲母を潤滑剤として用いる場合は、高ひずみ領域での摩擦係数の上昇を考慮した逆解析により流動応力を補正できることを見出した点も高く評価できる。本論文で提案された熱間圧縮試験法および得られた知見は材料加工に極めて有用であり、Ni基超合金に限らず様々な材料への展開が期待できる。従って、本論文は澤村論文賞にふさわしいと判断できる。
Control of Core-shell Type Second Phase Formed via Interrupted Quenching and Intercritical Annealing in a Medium Manganese Steel
ISIJ International, Vol.60, No. 12, pp. 2954-2962
土山聡宏, 坂本孝之, 田中祥平, 増村拓朗(九州大)
高強度鋼の強度-延性バランスを向上させるためには第二相オーステナイトの制御が重要である。本論文は、中Mn鋼(5Mn–1.2Si–0.1C, mass%)における焼入れ処理とその後の二相域焼鈍によって生じるオーステナイト逆変態を対象として、焼入れ処理をMs-Mf点の間で中断する熱処理(interrupted quenching: IQ)が、その後の組織形成ならびに引張特性に及ぼす影響を調査したものである。IQ処理を実施することで二相域焼鈍中にMnの拡散を伴ったオーステナイト/マルテンサイト異相界面の移動が生じることで逆変態が進行する。その結果、中心部でMn濃度が低く、外周部ではMn濃度が高い不均質なオーステナイトが形成されることを詳細な組織観察によって明らかにした。また、局所平衡に基づいた拡散シミュレーションによってMnならびにCの不均質濃度分布を予測し、これによって、前者はフレッシュマルテンサイト,後者は残留オーステナイトとなることで複合組織の形成機構を説明した。さらに、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトが強度と延性の向上にそれぞれ寄与することを明らかにし、適切な温度でのIQ処理によって中Mn鋼の強度-延性バランスの向上が達成されることを指摘した。
本論文は、侵入型元素であるCと置換型合金元素であるMnの拡散速度の大きな違いに着目し、これを利用した複合組織鋼の組織制御の可能性を示すものである。第二相オーステナイトを含む高強度鋼の新たな組織制御指針を示す論文として、澤村論文賞にふさわしいと判断される。
ギマラエス賞
該当なし
卓越論文賞(1件)
モデル実験およびDC磁場をもつ実機連鋳機における初期凝固シェルへの気泡・介在物捕捉シミュレーション
鉄と鋼, Vol. 97 (2011), No.8, pp.423-432
三木祐司, 大野浩之, 岸本康夫(JFEスチール), 田中進也(JFEシステムズ)
鋼の連続鋳造時に初期凝固シェルに補足された介在物や気泡は最終製品に残留して表面欠陥や内部欠陥の原因となることがある。介在物や気泡が凝固界面において捕捉される機構については、モデル実験や数値計算によって研究されてきたが、補足現象に影響する溶鋼の洗浄効果の機構は十分に明らかではなかった。連続鋳造における介在物・気泡の凝固核への捕捉について、洗浄効果を明確にする工夫されたラボスケールでの実験を行った。実験結果の解釈に数値計算を援用して溶鋼流速の影響を定量的に評価し、介在物や気泡の捕捉は界面張力勾配が支配的であることを明らかにした。また、0.05m/sよりも溶鋼流速が大きい場合に凝固シェルへの介在物や気泡の補足が低減することを示した。さらに実機での連鋳スラブにおける介在物や気泡分布の調査結果と溶鋼流速の評価から、溶鋼流速0.05m/sが介在物や気泡の補足の有無を決定することを解明した。さらに、鋳型内の電磁ブレーキが溶鋼流動に与える影響も定量的に評価し、実機での補足現象予測の指針を与えている。本論文は、大変工夫されたモデル実験の結果と精緻な論理を積み重ねた数値計算を組み合わせて、介在物・気泡の初期凝固シェルへの補足現象を定量的に解明した先駆的な研究であると高く評価される。また、これらの知見や数値計算手法は本論文以降のこの領域の研究に大きな影響を与えている。