平成28年 俵論文賞、澤村論文賞 受賞決定のお知らせ
2015年の「鉄と鋼」、「ISIJ International」に掲載された論文を対象に選考し、平成28年論文賞の受賞が次のとおり決定いたしました。
俵論文賞(4件)
結晶粒成長シミュレーションのための二次元局所曲率マルチバーテックスモデルの提案
鉄と鋼, Vol.101(2015), No.3, pp.211-220
玉木輝幸(新日鐵住金,金沢大),村上健一(新日鐵住金),潮田浩作(新日鐵住金,金沢大)
多結晶材料の結晶粒径と集合組織は材料特性に大きく影響を及ぼすため、これらを予測して制御することは、高品質な材料を造りこむために極めて重要である。粒成長に伴う結晶粒径や集合組織の予測を変化するために、種々のモデルが提案されており、その一つである統計的手法は、一定の成果が得られているが、個別の結晶粒ごとに結晶方位を検討して考慮することができない等の課題があった。
本論文では、従来の粒成長モデルにおける物理的取り扱いが十分でない課題に対し、提案した二次元曲率マルチバーテックスモデルでは、粒界上に配置した仮想点(二重点)の局所的な曲率及び粒界三重点の局所的な力の釣り合いに基づいた物理原理を直接的に表現している点に特徴がある。計算精度を損なわないために、仮想点を適切に生成・消滅させ、仮想点間隔を適切な長さに保持すること、及びその方法を提案している。さらに、提案モデルは粒界および三重点の移動が物理原理に基づいているため、集合組織観察データを活用できる等の利点を有する。
また、本報告の続報により、実鋼板の結晶粒成長の予測に適用できること(ISIJ Int., 55 (2015), No.3, 655-661)、ピン止め粒子存在下での結晶粒成長モデルや二次再結晶現象に適用できることなど(鉄と鋼, 101 (2015) No.4, 260-268)の実用性についても示されており、今後の発展が期待される。
これらの理由により、本論文は俵論文賞にふさわしい論文であると評価できる。
燃焼−紫外蛍光法による鋼中微量硫黄の高精度定量法の開発
鉄と鋼, Vol.101(2015), No.4, pp.237-243
城代哲史(JFEスチール),藤本京子(JFEテクノリサーチ),佐藤 馨,猪瀬匡生(JFEスチール),吉本 修(JFEテクノリサーチ)
製鋼プロセスにおいて鋼中の硫黄の低減は極めて重要な課題である。特に過酷な腐食環境で使用される耐サワー鋼では、5ppm未満にまで硫黄を低減する必要があるが、現行分析法では,5ppm以下の精度を有していないことが大きな問題であった。
本論文は、高感度と迅速性を両立した定量下限0.5ppmの新分析技術を世界で初めて報告し、この課題にブレイクスルーをもたらした。著者らは、二酸化硫黄が蛍光性を持つことに着目し、鉄鋼燃焼ガス中の二酸化硫黄の蛍光強度から鋼中の微量硫黄の定量を試みた。まず、分光器を用いて燃焼ガスの蛍光現象を確認し、鋼中硫黄量との高い相関から定量性を実証した。その過程では、主成分ガスの酸素や鋼中の炭素などに起因する共存ガスの影響が無視出来ることを実験と理論の両面から明らかにした。さらに、この技術を用いた試作機を作製し,製造現場における問題点を明らかにするとともに、解決策を講じることによって実用機を完成させた。この成果はこれまで不鮮明であった鉄鋼中の微量硫黄分析に光明を与え、日本の得意とする高級鋼の安定製造やさらなる高性能化に大きく貢献するものである。
このように、本論文は新しい視点の分析法の原理確認から実用化までを学術的に記述しており,俵論文賞に値する論文であると評価される。
片側駆動圧延における板材の反り挙動とその機構
鉄と鋼, Vol.101(2015), No.6, pp.319-328
河西大輔,古森愛美,石井 篤,山田健二,小川 茂(新日鐵住金)
板圧延における反りの発生は、形状を悪化させるのみならず、通板性を阻害するため、操業上の重大なトラブルに繋がる可能性がある。これまでに、反りは圧延時の上下の非対称性,例えばロール周速・ロール径・摩擦係数の差,材質・温度の厚さ方向の分布,パスラインの上下ずれや板の挿入角度に、起因するものと推測されてきた。しかし、反りの方向や曲率に対する圧延条件の影響は単調でなく、例えば、低圧下率と高圧下率の場合で逆方向に反ることが実験的に知られており、その機構は必ずしも解明されていなかった。
本論文は、上ロールを従動とした「片側ロール駆動圧延」における反りについて、モデル実験と剛塑性有限要素解析の両面から調査したものである。その結果、反り挙動がロールバイトのアスペクト比(接触長さ/平均板厚)、すなわち「圧延形状比」によって系統的に整理できることを見出した。また、剛塑性有限要素解析により反り曲率の定量的予測に成功した。さらに、ロールバイト中の変形を詳細に観察し、反り現象がロールバイトの入口および内部で発生するせん断帯に起因するものであると考察している。
本論文で解明された反りの発生機構は、片側駆動圧延にのみ限定されるものではなく、上下非対称性を伴う圧延プロセスでは広く成立するものと考えられ、工業的な貢献は大である。したがって、俵論文賞に値する論文であると評価される。
高炉スラグとアルカリ性水溶液との反応によるエトリンガイトの生成条件
鉄と鋼, Vol.101(2015), No.11, pp.566-573
原島亜弥,伊藤公久(早大)
高炉スラグをより広範な用途で利活用するためには、アルカリ環境下でのスラグの耐環境性に関する詳細な情報が不可欠である。中でも、スラグ構成成分と外部環境から供給される水、および水中の溶存物質間の反応によるエトリンガイト生成挙動の把握は重要である。
本論文では、エトリンガイト生成に及ぼす環境水のpHの影響に関して、スラグ浸出実験および結果の詳細な解析を行っている。その結果、高アルカリ濃度条件において徐冷スラグからエトリンガイトが生成すること、徐冷スラグに対する水砕スラグの混合率が高い場合にエトリンガイトの生成が開始する臨界pHが低下すること等を見出した。さらに、実験結果に基づき熱力学的検討および速度論的解析を行い、エトリンガイト生成の律速段階は、スラグからのAl(OH)4-の溶出過程である可能性を提示した。さらに、徐冷スラグへの水砕スラグ添加によるエトリンガイトの生成促進は、Al(OH)4-供給とpH増加の相乗効果によるものと結論した。また、水中および空気中での加熱によってスラグ中に生成したエトリンガイトを簡便に分解する方法についても検討を行っている。
以上、本論文において示された結果は、高炉スラグの一層の有効利用を可能とする技術への応用、展開が期待され、俵論文賞にふさわしい論文であると判断できる。
澤村論文賞(4件)
Effect of CaO/SiO2 Ratio on Surface Tension of CaO-SiO2-Al2O3-MgO Melts
ISIJ International, Vol.55(2015), No.6, pp.1299-1304
助永壮平(東北大),肥後智幸(九大),柴田浩幸(東北大),齊藤敬高,中島邦彦(九大)
溶融スラグの表面張力は、スラグの凝集挙動や異相との界面現象を支配する物性値であり、スラグ融液を扱うあらゆる工業プロセスにおいて重要である。一方で、溶融スラグの表面張力は測定例が少なく、しかも、融体表面の構造は実験的な解析が困難なため、特に理解の進んでいない物性の一つである。
本論文は、珪酸塩融体の表面張力を精度高く測定し、塩基度の影響を明らかにした。また、その考察において、融体表面の構造モデルを新たに提案した。このモデルにより、融体中の架橋酸素と非架橋酸素が表面張力に寄与する機構を矛盾なく説明している。この表面構造モデルは、酸化物融体の表面および界面物性の理解を大きく前進させるものであり、学術的価値の高いものと評価できる。
Tensile Behavior of Ferrite-martensite Dual Phase Steels with Nano-precipitation of Vanadium Carbides
ISIJ International, Vol.55(2015), No.8, pp.1781-1790
紙川尚也(弘前大),廣橋正博,佐藤 悠,Elango Chandiran,宮本吾郎,古原 忠(東北大)
軟質相であるフェライト相と硬質相であるマルテンサイト相で構成されたフェライト+マルテンサイトDP鋼は優れた強度と加工性を有する実用高強度鋼である。しかしフェライト相とマルテンサイト相の強度差に起因して、局所延性が小さいという問題がある。一方で、ナノ析出強化フェライト鋼は高強度であり、かつ局所延性に優れているために近年注目されている鉄鋼材料であるが、加工硬化率が乏しいという欠点がある。
本論文は、この両者の長所を融合した「ナノ析出強化フェライト+マルテンサイトDP鋼」という新しい概念に基づき、相変態時に相界面析出によって生じるナノサイズのバナジウム炭化物を利用することによって、フェライト+マルテンサイトDP鋼の高強度化および延性改善を実現したものである。
また、画像相関法 (Digital Image Correlation technique) による引張変形中の局所ひずみ分布などを詳細に解析し、フェライト相中に析出したナノサイズのバナジウム炭化物によって、高ひずみ域までフェライトへの変形集中やマルテンサイトの早期破壊が防がれること明らかにしている。そのため、本論文は、学術的のみならず応用の観点でも寄与が非常に大きい論文であり、澤村論文賞にふさわしいものと判断できる。
Phase-field Simulation of Habit Plane Formation during Martensitic Transformation in Low-carbon Steels
ISIJ International, Vol.55(2015), No.11, pp.2455-2462
塚田祐貴,小島康宏,小山敏幸(名工大),村田純教(名大)
著者らはこの論文において、フェーズフィールド法により、立方晶 (γ)から正方晶(α’) への {111}γを晶癖面とするマルテンサイト変態とαα’/2⟨111⟩α’なるバーガース・ベクトルを持つα’相中の転位の挙動を同時にモデル化することに成功している。本論文における顕著な特色の一つは、ベインひずみとαα’ /2⟨111⟩α’転位の両方による弾性ひずみエネルギーが評価されている点にある。そして,三次元のフェーズフィールド・シミュレーションの結果より,低炭素鋼のマルテンサイト変態における{111}γ 晶癖面形成は変態時におけるα’相中のαα’/2⟨111⟩α’転位のすべりに由来するものであることを示している。 本論文が示すように、フェーズフィールド法は鉄鋼研究における強力な道具である。この論文は、鋼の組織と機械的性質を理解する上で重要なマルテンサイト変態の研究に確かな論拠を与えるものとなっている。よって、この論文を澤村論文賞にふさわしい論文であると判断した。
Influence of Refractory-Steel Interfacial Reaction on the Formation Behavior of Inclusions in Ce-containing Stainless Steel
ISIJ International, Vol.55(2015), No.12, pp.2589-2596
Sun Kuk Kwon(Hanyang University, MetalGenTech), Jun Seok Park(Hanyang University, KITECH), Joo Hyun Park(Hanyang University)
ステンレス鋼へのセリウム(Ce)の添加は、高温耐酸化と抗腐食性に効果があることが知られている。一方、溶鋼の精錬において、耐火物と溶鋼間の反応ならびに生成介在物を把握することは非常に重要であり、多くの研究がなされてきた。しかしながらCeを含有するステンレス鋼については、Ceが反応ならびに生成介在物に多大な影響をおよぼすと考えられるにもかかわらず、ほとんど知られていない。
本論文は、Ceを添加したステンレス溶鋼とアルミナ耐火物の界面で起こる反応ならびにその機構と生成するセリアーアルミナ系介在物を系統的に調べ、Ce含有ステンレス溶鋼中の介在物生成挙動におよぼす耐火物-溶鋼間反応の影響を明らかにしている。特に、溶鋼と耐火物界面を精緻に観察して生成酸化物相を決定し、時間経過とともに変化する介在物組成を追跡調査している点は評価が高く、学術上非常に価値がある論文である。一方、セリウムの脱酸への影響の検討については技術上の有用性もあり、工業的に高耐食性ステンレス鋼の製造に資する有益な知見を提供している。これら、学術上、技術上の両面において高く評価することができ、澤村論文賞にふさわしい論文であると判断できる。
ギマラエス賞
該当なし